はいからいおんパート3 たんぽぽの河原を(内山晶太) 忍者ブログ
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たんぽぽの河原を胸にうつしとりしずかなる夜の自室をひらく
/内山晶太『窓、その他』


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帰ってきた。やっと帰ってきた。青く光る列車を降りて改札までをゆっくり歩く。なんども生きるのに夢中になって、ついつい帰宅しないまま転生を繰り返してしまった。駅構内も様子が変わったように思う。こんなに鏡は置かれていなかったし、柱の彫刻は前に暮らしたときよりもずっとまろやかになってしまった。知人たちもきっと多くは移住してしまっただろう。そうでなければ記憶をリセットして街でも生き直すことを選んでいる。私と同じように旅を繰り返している者は別だろうけれど。ああ、身体を廃棄にした者もいるかもしれない。挨拶ができなかったことは悔やまれるな。記憶の分配もおこなったに違いないし。
 光ににぎわう駅を出て、重い鞄をひきずりながら夜道を行く。街を出る期間がどれだけ長くなっても戻ってくれば帰り道を忘れることはないから不思議だ。列車に乗って街を出て、人生をしているときはときどき迷子になった。迷子になるパターンの人生と、ならないパターンの人生はまったく別で、なるパターンのときはいろいろとひどいものだから、どの人生でもふたつの平均値をとるようにしてほしいと列車に乗るたびに思う。ただ帰り道を間違えて知らない公園まで行ったのは楽しかった。なんとなく腰掛けたブランコ、ブランコを揺らしながら見た月、月の鮮やかな黄色。道沿いの街灯の黄色を見上げながら思い出す。あの光景はずっと覚えておこう。消さないでおこう。
 ひとつ、またひとつと分かれ道に正しい判断をくだしていく。そのあいだに夜の散歩を楽しむ住人に3度会った。全員知らない顔だった。私たちは初対面のときのための一通りの挨拶をし、思った通りこの街での暮しが短い彼らひとりずつに、私は街での暮しの重複した部分の記憶を譲った。駅のそばのおいしいケーキ屋のことや、猫がよく出る公園までの行き方など。2人はお礼にと別の街の記憶を少し分けてくれた。1人はまだ始まったばっかりで、こちらからはなにも渡せない、申し訳ない、と何度も謝った。ではこんど会ったときにいい旅を終えていたら、乗った列車の番号や発車時刻を教えてください、と私は言って、手を振って別れた。
 そして最後の分かれ道で左に曲がる。こんど向こうから歩いてくるのは知った顔だ。
「こんばんは、お久しぶりです」
 鞄を持っていないほうの手、右手を軽くあげて挨拶をする。ちょうど街灯のしたで向かい合うかたちになる。相手は少し考える顔をして、それから、ああ、と何かに納得したように頷いた。
「あなたはこの身体の友人ですね、以前はお世話になっていました。はじめまして」
「ああ、なんだ、はじめまして。そうか、リスタートしたんですね」
「いいえ、それは違うんです」と彼女は首を振る。
「違う?」
「はい、彼女はリセットして、それで終わりにしました。4番目としてでなく、私は彼女に身体を譲ってもらった途中からの記憶なんです」
 街で子どもを持ちたい場合、適当な身体を役所で買って、自分の、もしくは自分たちの夢の記憶の一部をそそぐ。記憶を持たない身体は起動しないからだ。だから子どもは親の身体の持つ記憶の一部の途中から、ということになる。リセットしてリスタートしたい場合は、夢の記憶を消さないでおけばいい。どちらにしたって夢の記憶というものは曖昧だから、あってもなくても生活は変わらないのだ。ただ、夢のなかで見た景色や会った人物というのはぼんやりと覚えているらしく、デジャヴの感覚があるときく。私は記憶を貯めるのが好きで好きでリセットしたことがないから、それがどういうものだかわからないのだけれど。
「でも、彼女がリセットしたということは、彼女の子どもということではないんですよね」
「はい、違います」
「では誰か子どもが欲しいが役所で気に入った身体が見つからなかったという親志望のかたに、彼女が身体を譲った」
 私は推理をしているなと思って楽しい気分になる。
「残念ながら違います」と答える彼女も楽しそうだ。「私の始まるための記憶は、部屋のものです。私は部屋の見た夢なんです」
「部屋の?」
「そうです。あなたも、旅をするかたですよね」
 彼女の視線をたどると私の左手にある大きな旅行鞄にぶつかる。
「そうだ、彼女も旅が好きだった。いちど一緒に列車に乗ったこともあります」
「彼女、部屋にあなたと駅で笑っている写真を飾っていました。それで私の夢にあなたがいるんですね」
「部屋……のときのあなたの夢ですか」
「旅から帰るとき、部屋から景を写すでしょう。あれは私たちの夢の記憶です。彼女は2番目の彼女のときからずっと、私の夢をじぶんの身体に写し取ることをせず、記録機器に貯めていました。役所でリセットをするとき、その貯めた記憶をじぶんの身体に写すよう指定して、私を始めてくれたんです」
「それはすごい。おもしろい話をききました」と私の声はつい大きくなる。「この会話は大切にしますね、ありがとうございます!」
「いえ、こちらこそ長旅でお疲れだろうにおしゃべりしてもらって。ありがとうございます」
 そして彼女は散歩に戻り、私は帰宅に戻る。
 前の帰宅時にはペールグリーンだったマンションの壁はどうやら暖色系の色に塗り替えられたようだった。日が昇ったら外に出てよく見てみよう。エレベーターに乗り込んで部屋の階の番号が記されたボタンを押す。ふわっとして、目的の階に到着だ。そして自室の前までやって来る。部屋の記憶からの彼女の話をきいたあとだから、部屋の景を写し取ってしまうのは惜しいような気分になる。しかしいまはそのための記録機器を持っていないし、景の染み付いた部屋(それが夢を見ている部屋だということは今までしらなかった。部屋が記憶を持つということに想像が働かなかったのだ)に住むとうるさくてかなわないというような話をきいたことがある。部屋から景、夢を写すことは、部屋を起こすということなのだろう。人を住まわせる仕事をするために、夢から引き戻すのだ。
 私は銀色のドアノブに手を触れる。
 灰色の川が流れている。水が濁っているわけではない。川は夕日のもとで反射の金色の粒ばかりが目立って、他は色のないように見える。土手の一面のたんぽぽも光と同じ色に咲いている。
 うっとりと目を閉じて、開く。そして目覚めて静かになった自室のドアを開く。
「ただいま」
 部屋に挨拶をすることは今までなかったけれど、そうせずにはいられない。夢の記憶だけを取り出したりすることはできるらしいけれど、部屋の夢の記憶をさらに選り分けることはできるのだろうか。しばらくは街で生活することにしよう。身体を買って、部屋の夢に与えてみるのもいいかもしれない。そういえば部屋の夢の記憶の途中から、というのはどういう存在になるのだろう。部屋の子どもだろうか。子どもは親の夢の記憶の途中からの存在だ。さっき会った彼女は置かれた写真に関連した夢を見たというから、部屋の持ち主も記憶に強く関係するかもしれない。部屋と住人の子どもと言うほうが近いだろうか。
 まあなんだっていいか。この部屋に私と部屋の夢の記憶の途中からと二人で暮らすことを考える。どんな身体がいいか。顔は。いまは基本の性格もだいたい選べるんだったか。
 とにかくいまは眠ろう。私も夢を見よう。旅のあいだの人生のことや、部屋の見た夢をバラバラにしてつなげた、あるいはまったくの未知からの、美しい景色を記憶することだろう。

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唐崎昭子
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