はいからいおんパート3 想像力が足りない故に(花山周子) 忍者ブログ
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想像力が足りない故にここに君を再現できぬ故にかなしい
/花山周子『風とマルス』


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 もう何個の夜が来た? 
 わかりません。はるみ、君がギンレイを離れてどれくらいになるんだろう。君のすぐあとに天草が去り、それからしばらくしてアンコールもセミノールも出てゆきました。もうここにはあたしとカラが残るきりです。ちがう、映写機もまだ残ってる。映写機はどこにも行きません。
「カラ、映写機の目を開けてあげて」とあたしはいつもカラにお願いします。
「いいよ」とカラは答える。
 わー、こんなこと、君たちには伝えなくたってわかるのかもしれない。ずっと変わらないおなじ日常なんだから。だけど、君たちがいたころも、ほんとうにあたしたちここでこうしていたのだっけ。
 どんどん忘れていくばかりだ。あたしはさびしい。
 カラが映写機のふたつにわかれた身体を黒い血管でつなぐと、すぐに映写機は目を開ける。映写機の視線は小窓に向かって素早く駆ける。あたしはそれを追いかけて映写室を出る。劇場に入る。カラがあとからゆっくりやって来る。映写機の視線は白い幕に釘付けになる。映写機が回想を始める。光る視線にそのまま色がつく。濃い黒色、淡い黒色。あたしたちは真っ赤な椅子に座って映写機の思い出を見る。子犬、おじさん、子ども。女の子、花、殴り合うおじさんたち。川。風船で遊ぶおじさん。街。歯車。涙。光。
「これはいったいなんなの」
 そう訊いたのは、君たちがいなくなったのちのこと。さびしくないときはなにも不思議じゃなかったのに、今ではあたし、どんなことも知りたいって思います。
「思い出だよ」と映写機の代わりにカラが答えた。
「あたしたちの思い出とずいぶんちがうね」
「こいつはずっと年上なんだから、そんなもんさ」
「なんで思い出が光るの。どうやれば思い出は、光って、映るの」
 あたしからは次々に質問が出る。
「それはあたしも、もっと年をとってみないとわからない」とカラは困ったように言って、映写機の身体を撫でる。そして続ける。「でも、たぶん、愛ってやつだよ」
「愛」
 それきりカラも映写機みたいに黙ってしまった。黙ってあたしを見つめるカラの瞳もまた光り出して、あたしの鼻や頬に思い出を映し始めるのではと思った。
 そうはならなかった。
「愛っていうのは、つよく思うこと」とカラはある日あたしに説明する。
「つよく」とあたしは復唱する。
「思い描くの」
「思い描く」
 それであたしは君たちのこと、つよくつよく思い描いている。それでもどんどん忘れてしまう。映写機の思い出ばかりが鮮明だ。女の子。花。子犬。ちょびひげのおじさん。子ども……。
「せとか」とカラがあたしを呼ぶ。あたしを撫でながら優しい声で言う。「大丈夫だよ」
 君たちもこうやって、あたしたちのことをつよく思い描いているか。いてほしいなって思うのだけど、どうだろう。君の瞳が銀色に光って、その光のなかに遊ぶあたしたち。あたしはきっともうじき、さびしくさえなくなる。大丈夫。大丈夫だよ。

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初出:百合詞華集『きみとダンスを』(2015.4)
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